5. 性の季節性
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1. 性行動のリズム
哺乳類では種によって発情する季節が決まっていて、そのほとんどが、新生児の生存に至適な春から初夏に出産するように仕組まれている 発情期を完全に喪失し、周年発情できるのは人間だけ
つまり、生殖に直結しない時期には発情しない、無駄な性行動を行わない、これが哺乳類に見られる原則的な性のあり方 しかし、サルからヒトへと進化し、大脳化現象が進むにつれて、無駄な性行動が増えてくる たとえばサルの場合、リーダーの交代などの社会変動で、メスザルが一斉に発情するし、性のリズムが他の個体と同期するメスチンパンジーの場合もある これらの事実は、性がホルモン依存性から離れて、巨大化した大脳レベルの統制下に入ったことを意味する
その成因の根元をたずねてゆくと、結局はヒト化の問題に突き当たる 生体はそれぞれ、種独自の生体リズムをもっている
リズムの周期も多様
性の季節性は概して年一度なので、これは年周期
月経は月周期、一日の明暗にともなう生体リズムは日周期 下垂体から分泌されるホルモンの中にも、LHのような振動型と直行型とがある 振動律にも当然、時周期もあれば日周期もある
こういった生体リズムを規制する生物時計として、現在では、視交叉上核が重要視されている 光刺激がニューロンを介して、この核に入っていることも証明されている
動物の器官はすべて、独特の生体リズムをもっているのだが、ある生理的変化、たとえば子宮の場合は、妊娠時に明暗と言った外環境の日周期的変動の影響を受けやすくなる
人間のお産が月の盈虚と関係があると言われているが、統計的に処理すると曖昧になる
類人猿やヒトのお産は昼夜を問わないが、サルのお産は夜間に決まっている 今のところ理由は分からない
下等な哺乳類になるほど、性の季節性がより明瞭になる
大脳化が進むと、発情が生殖生理のからくりを外れて触発されるので、生殖に無縁の性、いわゆる非性的な性交動画増える そういう理由で、ヒトは周年発情するようになり、発情期を喪失した、といったが、果たしてそうだろうか、という疑問も一方では湧いてくる 例えば、北欧フィンランドの婦人の妊娠には一定の年周期性がある
また、ノースカロライナ州の、特に未婚の女性の性交渉で、性交の回数も、オルガズムに達する頻度も、排卵期に多い、という報告(G.R.ウドリーら)などに接すると、サルの性と大差がない、という印象を受ける これは人間のせいですら大脳だけで制御されていると、決めつけてはならないという警告とみなすべき
人間の性を規制する基本形はもちろん、視床下部-下垂体-性腺系であって、ある条件によって大脳はその系を抑制/興奮もさせ、ある時には制御脳をすら失うという重要な原則を教えてくれるもの 性を生殖から分離した人間も、種族保存のために、一生のうち何度かは、妊娠-出産を繰り返す
サルによる胎児内分泌研究の進歩によって、分娩に胎児が大きい役割を担っていることが明らかにされつつある
哺乳類の親が新生児をなめるのと同じような皮膚刺激が、長い分娩の過程で胎児に与えられる
それは直立し、曲がった産道のために延長した分娩時間の効用といえよう
このように、見事な摂理によって行われる出産の主役が、産む当事者である産婦とその夫ではなく、介助者であるとする誤りは、医師、助産婦、麻酔医によって介助し、周産期死亡率を減少させてきた「お産の第二革命」の落し子 産ませてもらうお産から、現在は産むお産に大きく変わろうとしている
主役は、産婦と夫である
こういった「お産の第三革命」とともに、新生児室の廃止も真剣に考えられている 長い分娩経過で皮膚刺激をたっぷりうけて、出生後の準備を完了した新生児に、母性行動を行う重要な母親の役割が待っている 母性行動は、単に哺乳にとどまらず、ひきつづき触覚をふくむ五感刺激によって、新生児の生育、とくに脳の発達にとってきわめて重要な役割を演じている 父性もまた、少なくとも新生児が三歳になるまでにスキンシップを通した接触によって、とくに男性と女性との間の性差を認識させるための重要な存在と言える 2. サルの発情
動物にはそれぞれ、きまった恋の季節がある
一年に複数回発情する多発情型と、一年に一回限りの単発情型がある それ以外の期間では、性腺の活動は低下し、交尾も見られない 霊長類の中で、性の季節性を完全に失ったのは人間だけ つまり、人間は周年発情する霊長類といえる
ゴリラやチンパンジーなどの類人猿は、周年、月経周期を持って入るが、それでも交尾が観察できるのは、性皮が腫れた、ほんの数日間に限られる ヒト以外の霊長類の性が、ホルモンに大きく依存しているという点に関しては、他の哺乳類と大差はない
ニホンザルの発情
一般に、年に一度おとずれる発情期間中、月経周期があり、その中間の排卵期周辺にかぎって交尾が集中する
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春から初夏にかけて、出産期のするどい山がある
遡ること170日前後の、秋から冬にかけての数ヶ月が交尾期=発情期 月経や交尾を観察しながら、年間のニホンザルの性ホルモンの血中濃度を計測
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卵巣から分泌される女性ホルモン(エストラジオール)の変化では、濃度がゼロになることはないが、交尾期では全般に高く、そうでない時期では低め しかも月経周期中、排卵日とおぼしきところで、排卵前高値と考えられる、するどいピークがみられる
交尾も当然、発情期に集中している
こうしてみると、発情期形成の直接原因は、メス側から見た場合、卵巣から分泌される性ホルモン濃度ということになる
夏季には、中枢に正のフィードバックをするエストロゲンの分泌がないから当然と言える しかしこれだけでは、発情期形成の要因が、末梢性か中枢性かの決め手にはならない
腹腔鏡で見る限り、非発情期の卵巣は白っぽく、小さく、卵胞は見当たらず、完全な休止状態 こういう活動静止期に、ゴナドトロピンを投与して排卵を誘発できれば、性の季節性を決める要因は中枢性ということになる 中枢のどのような刺激が、視床下部-下垂体-性腺系に影響を与えるのかは今のところ不明であるが、光因子に最大の焦点があてられている メスだけではなく、ニホンザルのオスの性にも季節性がある
性の活動性はやはり秋から冬にかけて高く、夏に最低となる
造精能の指標となる睾丸のサイズや、血中男性ホルモン量の年間変動を見ると、オスにも性の季節性があることがよく理解できる https://gyazo.com/23450b98e04681abaf6aef1ee5edef98
類人猿のチンパンジーには、厳密には発情の季節性はないといってもよい
しかし、交尾そのものが強く性ホルモンに依存している、という点で人間の性と大きい開きがある
月経周期にともなう性ホルモン変動も、基礎体温の二相性も、霊長類のなかでは非常に人間に似ている
しかし、メスのチンパンジーは、尻の性皮が腫れ上がったときしかオスを受け付けない
性皮の腫脹期間が長いほど、交尾の回数も多くなる
西田利貞が観察したチンパンジーの性行動は、まずメスのプレゼンティングから始まり、オスはメスの腰をつかんで、すぐ交尾にうつる 10回ぐらいのスラストがあり、交尾時間は最大13病、最小2.5秒と短い
性交に時間をかけるのも人間だけ
ゴリラの尻はチンパンジーほど腫れないが陰唇の腫脹は著明で、月経周期の中間に腫れが最高となり、このときに交尾が集中する ゴリラの性もまた、ホルモンに強く依存している
3. 太陽と性
昼と夜、光と影は、人間の生体リズムにつきものの外界の明暗模様である
すべての生物の「生と性」は太陽と密接に関わり合っている 夜行性の動物と昼行性の動物とでは、活動パターンに予想を超えた差がある 動物も植物もほとんどすべての生物に日周期性のリズムがある
体内のホルモン分泌量にも顕著な日周期性があり、しかも1日のうちの特定の時刻にだけ増えるホルモンもある
生活道にも日周期性があり、歴史も子どもも夜の所産といわれる
昼間働き、夜を食と性に割くのはヒト一般の経口であるが、生息環境の条件によっては、昼夜の行動が逆転する場合もありうる
たとえば、アフリカ原住民のなかには、灼熱の日中をひたすら木陰で、ひたすら休息をとることに費やすものがある
たとえ彼等が狩猟をしようとしても、日中には獣のほうが、ジャングルのどこかでひっそりと日没を待っているからであろう
黄昏がおとずれると、ようやく男たちは狩りにでかけ、その後、食事、休息とつづき、暗くなって焚き火が燃え盛る広場で、ダンスとフリーセックスが展開される、といった具合である
生活は太陽が沈むとともに始まる
彼等にとって昼間は、眠りと休息の時間に過ぎない
太陽がも沈まず夏も短い国、フィンランドの場合
フィンランドでは5年間に6000例にのぼる妊娠月が調べられている(S・チモネンら, 1968) https://gyazo.com/3e1ff653e4a0e3a500f428a536f7fe9d
6月から8月は夏で、この時期だけ太陽の光がまぶしい
この期間の妊娠率(実線)が圧倒的に高い
それに比べると、1月、2月の妊娠率は最低
面白いのは、双胎以上の多胎妊娠が8月最高、12月最低というきれいな正弦波をつくること 多胎が光の影響を受けやすいことは、下等動物ではよく知られている 白夜の国では、たまさかに照り輝く太陽のもと、生理、心理の両面から視床下部が刺激され、多量のゴナドトロピンが放出され、多排卵誘発的に作用するのではなかろうか 同じ北フィンランドでのもう一つのお産の特徴は、冬季には昼間に集中する傾向のあること
夏のお産は、午前中か夜半過ぎ
生物リズムが季節によって変わるということは、動物の世界ではよくみられるが、人間も決して例外とはいえないことがわかるだろう
もう一つ例をあげると、北極圏に住むエスキモーの婦人の中には、太陽のあたらない半年間、月経のないものもある この場合、暑い夏というよりは日照が重要
晴天続きの夏より排卵日が3日遅れる
サルにおける日照と性の関係は、もちろん下等なものほど密
例えば、原猿のワオキツネザルは、南半球のマダガスカル島産だが、北半球にもってゆくと繁殖期が完全に180度変わってしまう 進化の道程で大脳化現象がすすみ、視覚が最重要の感覚器となるにつれて、夜行性のサルの行動が昼行性に転換してゆく つまり、行動するときはモノクロームでみるよりも、カラーでみるほうがはるかに有利なので、夜行性から昼行性に適応するため、周囲の色の世界を認知できる神経系を発達させ、性行動も夜から昼へ変わっていったと思われる
ニホンザルは高等でナイーブなサルで、タテに長い日本列島のほとんどに棲息してる
仔細に調べてみると、北限に棲むサルのほうが最南端に棲むサルより50日ほど早く妊娠している
ところが、同じマカク属のインド産のアカゲザルは、北方に移植したものの方が、南方に移植したものよりも数ヶ月おそく妊娠している ニホンザルと真逆
北方に定着したサルと、インドに適応したサルとの差ではなかろうか
ところが南半球に移植したアカゲザルの出産機は10月から1月、性皮の赤色調も春から夏にかけて最高となる
いずれも北半球のアカゲザルに比べて6ヶ月のずれがあり、日照の重要さが伺える
1981年のニホンザルの出産率は、どこもかしこも悪かった
伊豆の波勝峠のサルの餌付けに成功した肥田与平も例年27頭前後の出産があるのに、今年はわずか17頭だと語っていた 筆者の研究室のニホンザルもアカゲザルも妊娠率も悪かった
大阪大学からも九州大学からも、似通ったニュースが入った
1980年は、日本列島全体が冷夏
冷夏につづいて秋もくることはきたが、ニホンザルの顔の赤さにしても精彩がなく、交尾の回数も少なかったようだ
冷夏といっても、外気温だけが重要ではなく、冷夏は曇りをよぶ
日照がゆっくりと夏から秋に移るため、十分な性腺刺激ホルモンが中枢から分泌されないのであろう
チンパンジー、オランウータン、ゴリラなどの類人猿は、朝早く起き、暗くなると休む
彼らの交尾は昼間に限られている
残りの時間は眠りと休息にあてられる
人間が性交する時間は、その国の地理的条件、信仰する宗教、文化の差によってさまざま
たとえば、アフリカのマサイ族は、昼間性交すると、男性の血がすべて女性の子宮のなかに流れ込んでしまうと信じているから、性交は夜だけに限られている しかし同じアフリカでも、暗闇で性交するのは危険な上、盲目の子が生まれるという単純な信仰から、昼間にしか性交しない部族もいる
日光を遮る見苦しい衣服をかなぐり捨て、皮膚に対する自然環境である大気と太陽へ肌をさらす傾向が最近では増えている
そのときの感覚的興奮は性のそれと共通性をもっている
4. 温度と性
霊長類の世界分布図を一見知ると、本来、サルが熱帯性動物であることがよく理解できる 霊長類の生息場所である熱帯性樹林が、地表を広く覆っていた大昔は、霊長類も地球上広い範囲にわたって分布していたに違いない 何度と無く襲ってきた氷河期のために、熱帯性樹林は、わずかに現在の赤道のあたりに限られてしまった 類人猿も、オランウータンやテナガザルが東南アジアへ、一方、ゴリラやチンパンジーが森を求めて西アフリカの熱帯地方に移動していった 英知ある人類は、ふたたび新しい居住地を求めて地球上の各地に分散し、大部分は生活に適した気象条件の地に定着していった ヒトのような恒温動物は、体温を、脳の温度中枢と、皮膚の温度受容器が注意深く監視している したがって、環境の温度変化が性行動にも直接の影響を与えないようになっているが、暑すぎたり寒すぎたりすると、温度に適応するためのエネルギー消費で、性能力を低下させてしまうこともあるだろう
一般に動物は、低温のほうが耐えやすいもの
しかも、局部的な体温の低下に耐える能力は、訓練によってつくられる
北方人種は、厳しい寒さでも顔をむき出しにしていられる
オーストラリアの原住民は、脚の部分の皮膚温が、摂氏12-15度まで下がっても容易に耐えられるという
このように、人間のからだは、気温の変化に適応できるけれども、もちろん限度がある たとえば白人は、高温多湿の熱帯地方の気候に順応しにくい
したがって、世界各地に住み着いている人間は、それぞれの環境に適応した遺伝的な特性を備えている
皮膚の色、体形、髪の毛、鼻の形などに特徴があるのはそのため
人種形質はむしろ、環境適応のために淘汰が繰り返された結果できあがったもの、と解釈すべき たとえば、キンキヘアーと呼ばれる黒人の巻毛は、パナマ帽の役目をしているといわれる 温熱に対する影響という点では、人間は外環境が加熱されるときに弱い
日光あるいは高温の空気によって、体温が38.6度まで上昇しただけで意識を喪失する
しかし、激しい運動をしたり、細菌感染などで42度まで体温が上がる、という内因のものに対しては耐久力が強い
温暖な地方の人種のほうが寒冷な地方の人種より早熟だと信じられてきたが、これは誤り
現代では、多くの研究者が、気温は身体発育にも正発達にも影響がないことを実証している
たとえば、アフリカの黒人の少女は、スウェーデンの少女よりも初潮が遅い 初潮の早発は、むしろ栄養良好な少女に多い
初潮年齢を決めるのは、人種でも気温でもなく、身長と体重 現在では、生活環境、発育場所、年齢のいかんを問わず、身長が148cm程度になると初潮がはじまる、とされている
女性は寒さにも暑さに対しても耐久力がある
寒気に対する感覚も汗腺も鈍感なためだといわれているが、皮下脂肪のためとも、夏の間の基礎代謝が低くなるため、という説明もされている 性愛に夢中になっているときのヒトの体温は高くなっているが、昆虫や爬虫類のような変温動物は、その鋭敏な温度感覚器をフルに活用して、その時をねらって毒液を注入したり、血を吸ったりする 産卵の為のエネルギー源として血液が必要
ヘビは特に温度センサーが敏感で、まわりの物体との摂氏0.1度の温度差を識別することができる 真っ暗ななかで草むらに潜む「高温」のネズミや「わずかに温かい」カエルが、ヘビの餌食になるのもそのため アフリカの砂漠の狩人といわれるブッシュマンの中には、性行為に時間をかけず、しかも砂漠とのひろい接触をきらって、対面性交ではなく、サルなみのマウンティング位を取るものがあると言われるが、身を守る生活の知恵であるかもしれない 女性の体温が月経周期によって変動することは、いわゆる基礎体温表によってよく知られている 平均した低温と高温との落差には個人差がある
現在では体温の最低点と排卵日との間には若干ずれがあることがわかっている
体温のエロチシズム、といったものを考えたとき、相手と皮膚接触をし、そのからだの温かみを感じることは、愛情交歓のための基本的な要素であろう
したがって、体温のエロチシズムは、乳児の哺乳や接吻にみられる口唇エロチシズムと結びついている
原始的な受容的性欲の基本形である
精巣(睾丸)が精子を能率よくつくりだすための適温は、体温よりも4, 5度低い温度 精子が熱放散のしやすい陰嚢ラジエーター内におさまっているのはそのためといえよう
熱いときは伸びて熱放散効率をあげ、寒いときは逆に縮めて熱放散を防ぐ
睾丸は腹腔内から下降してくるが、完了するのは胎児期の9ヶ月頃
出生前も出生後も陰嚢内に下降してこないものを停留睾丸といい、満期産児でも約3%にみられる 早産児では、体重の小さいものに比例して降りにくく、下降不全は平均して満期産児の10倍に達する
元の細胞から分裂して形をととのえてから、睾丸を離れるまでの日数は74日
さらに精管をのぼりつめて精嚢腺に入り、射精されるまでに七日ほどかかる 他の組織では類を見ない激しい細胞分裂のため、体温環境下ではエネルギー源を補給しきれない
また長時間、高温室ではたらく男性の精子生産能力が、著しく低下している例が多い
熱い温泉に長時間入場することも、風通しの悪い下着で長時間保温することも考えもの
サルの睾丸は引き込み式といったが、サルに性の季節性を存在させている一因が、意外と出入り自由な睾丸にあるのではないかと、考えさせられる
急激な環境の温度下降が子宮の収縮を誘発することはすでにふれたが、これが非妊時ならいざしらず、妊娠時には流産・早産の一因になるかもしれないことを考えると、それこそ背筋に寒さを覚える 5. 睡眠と性
夜と性
人間の性生活はほとんど夜間に限られているが、それにも一定のリズムが認められている
夜の性活動に二つの大きい山がある
深夜と早朝
時として小さい山が午後遅く見られることもある
この場合、性活動の山と男性ホルモンレベルの山との間には正の相関は見られない
動物は日常の活動性の高いときと性活動の昂揚度が一致していることが多いが、人間では違う
人間の性活動が夜間や早朝にかぎられたのには、色々な理由が考えられる
資格情報を遮断して集中力を増すというのも一つの理由だろう
性をタブーとしてきた文明のもと、他人の目に触れないようにという配慮も、理由の一つに数えられるだろう
人間のたどった長い歴史から考えてみると、性行為中はいわば無防備状態だから、猛獣や敵からの攻撃を回避するため夜を選んだ、という推論も成り立つ
また、昼間を個体保持の食糧確保に、夜を種族保存のために活用したという考えも成り立つだろう
レム睡眠と性
こういう時期の睡眠をレム睡眠といい、夢をみる特別な睡眠期 生殖と関係のあるホルモンレベルも、睡眠で変動するものがある
LH分泌が睡眠時に変動し、それも年齢・性周期によって変わり方が違うということになる
レム睡眠はむしろ原始的な眠りというわけで、このときの大脳辺縁系の活動は高い したがって、大脳の発達の未完成な新生児や乳児に出現率が高く、また90分という周期に同期してペニスの勃起がおこる https://gyazo.com/7c3c68801ee4252d092a3d8a0bba58be
先に示した性活動に日周期の二つの山は、入眠時の起床前のレム睡眠と関係がありそう
女性ではもちろん、クリトリスの勃起と膣の不規則な収縮が起こる 思春期では平均6回の勃起を繰り返し、それは全睡眠時間の4割に達する 思春期をすぎると平均3-4回となり、65歳で平均1回半、それでも65歳の平均睡眠時間の二割にあたる
レム睡眠は夜だけでなく、昼間にも起こっている
昼間ペニスの勃起が少ないのは、大脳や脳幹部からの抑制がはたらくため
勃起そのものは、脊髄の最下端にある仙髄に中枢をもつ反射 性器からの皮膚刺激が知覚神経によってこの中枢に伝えられ、自律神経を介して性器に充血を起こす
五感による情報を集積分析する性欲中枢の興奮と大脳皮質からの抑制の綱引きで勃起がコントロールされている 真っ暗な洞窟などへ何ヶ月も入っていると、睡眠、覚醒リズムは大いに崩れるが、睡眠の内容、つまりレム睡眠の総量が減る
睡眠中に男子が性的オルガズムに達することを遺精と呼んでいるが、遺精のほとんどが夢をともなう 遺精はまた、結婚前の、特に教育程度の高い者に多い
こういった睡眠中のオルガズムは、ほかに性欲のはけ口がないときに性的エネルギーを処理する自然の配慮だと考えられている
6. ヒトの発情期の周年化
動物のほとんどに性の季節性がある
サルの発情期は一年に一度であり、類人猿でも、月経周期の中間期にしか、性の交わりを持たない 動物は、非発情期には性的関心はなく、あまつさえ、そのための競争や争いも日常生活から消えてしまう
性にまつわって発生する外敵による危険とか、群れ内部での分裂闘争による危機などを考え合わせると、一年の大半に性的関心がなく、ある一定の、それも短期間に性が集中しているのは、動物の種族保存上、きわめて重要であることが理解できる
ヒトだけが例外中の例外
このことは、男性はいつでも発情でき、女性はそれに応ずることができる、ということを意味する
「性衝動は男女の生活のどんなときにも作用する。それは、すべての他の関心を打ち負かそうと、いつも身構えており、放置されている限り、現にあるすべてのきずなに働きかけ、それをゆるめがちだ。この衝動は、人を夢中にさせることができ、かつ、どこにでもあるものなので、人間の正常な活動を妨げ、萌芽状態の共同体を破壊し、内部からは混乱をつくり出し、外部から危険をまねくだろう。これは単なる空想ではない。事実、性行動は、アダムとイヴ以来、実に多くのトラブルの源になってきたのだ。それは、われわれが、現代の現実、過去の歴史、神話や文学作品などで出会うほとんどの悲劇の原因になっている。しかしまさに葛藤という事実自体が、性衝動をコントロールする力が存在することを示しており、それはまた、人間が飽くことを知らない欲望におぼれるものではないことを立証している。」
つまり、のべつまくなしに発情する人間に嘆息しながらも、それでも人間に、性を抑圧する能力の存在することを認めている
ではなぜ、人間の発情期が喪失し、周年発情するよゆになったのだろうか
対向位の性
この二足歩行が、ヒトの発情期を喪失させる強い引き金となったと思われる
私たちは、この原型を、すでに類人猿にみることができる まっすぐ立ち上がったことは、面と向かい合うことを可能にし、今まで後ろにしかなかった性の焦点が、前面に移動していった
これは極めて重要なことといえよう
対向位という交尾の姿勢に加えて、大脳化現象で重くなった脳が、性のよろこびを高め、そこから愛を派生させ、性のきずなをより深いものにしていった それに付随して、愛と性のためのシンボルが前面に定着するようになった
かつて、ひげ、胸毛、隆々たる筋骨などは男性の著明な特徴であったが、女との性差の不明なケースが、近頃目立って増えてきている
そんなときでも、女性の前胸部の二つの大きなふくらみは、目立たずにはいない性のシンボル
哺乳のためだけなら、こんなにも大きくなる必要のないことは、乳房の組成のほとんどが脂肪であることからもわかる
また、ほとんどふくらみのない乳房から、サルのアカンボウが乳を吸って育つことからも理解できる
大きな乳房は運動するときも、かなり障害になっているはず
それなのに、なぜ淘汰されずに残ってきたのだろうか
その理由の一つとして、男性が女性の恋の相手として選択するとき、大きい乳房をもったものを選んできた、ということが考えられる
逆に小さい乳房が淘汰されてきたのである
多少の影響はあっても、それは乳房のごく一部、つまり、乳汁分泌系統にしかすぎないであろう
乳房を構成している脂肪代謝は、からだの脂肪とは別の系で調節されているのではないか、というのが家畜の乳房を研究している西中川駿の持論 女性は乳首が硬くなったり、乳房全体の張りを感じることがある
それは月経周期に同調することもあるし、妊娠後期にはとくにそうである
それでも乳房の進化史は、全く不明というほかはない
とにかく、前向きの交尾をし、恋しつづけるためには、体の前面に乳房のような性の誘惑物が必要だったのではないだろうか
からだの前面の解剖学上の変化は、もちろん乳房だけではない
眼、口、耳、鼻、毛、性器などみなそうである
その中でも眼と口と毛は重要
眼
繊細な顔面筋をもつ人間は、眼もとの変化で喜怒哀楽を表現できる
大脳皮質の運動野のなかで、瞼と眼球と顔の占める領域は、手、脚、発声についで大きいことが、眼の重要性を物語っている 眼もとを隠すマスクだけで表情を殺すことができる
口
サルや類人猿に比べて、ヒトの唇の内側は外へめくれている
肉色をしたその部分は、いかにも性的信号を送る装飾品にみえる
チンパンジーにしても、交尾の前に相手に対して唇をパクパクさせる運動は、明らかに性的信号と受け止めることができる
デズモンド・モリスは唇を「赤い陰唇のコピー」と呼び、だから婦人はそこを赤く塗って、男性の性衝動をくすぐり、攻撃をかわすのだ、といっているが、適切な表現と言える 顔面に性器をコピーしたとした考えられないような典型例としては、マンドリルがある オナガザル科のマンドリルのオスは、真っ赤なp寝椅子をもち、両側の陰嚢は青い その色彩配合が顔面に再現されている
唇が性器のコピーである養鯉も前に、口が言葉を発する重要な器官であることを忘れてはならないだろう
大脳皮質の運動野で、発声をコントロールする領域位は、驚くほど広範なのである 愛のコミュニケーションにも重要な役割を演じている
チンパンジーの発する音声は、ヒトのような有節音ではない サルはただ、キャッキャというような繰り返し音しか出せない
性のシンボルであり、同時に発生をする唇は、直立した人間の顔の真ん中の、よい位置についていて、相手の性をいつでも受け入れる態勢を次第に作っていった
毛
人間が無毛となって「裸のサル」となったのはなぜか
珍説、諸説が錯綜して定説がない
頭と、腋窩と、恥丘にだけ、なぜ毛が残ったのか、という問いに対しても納得のゆく答えはない 毛の喪失が、今まであげた、乳房、眼、唇などの性的視覚信号を増幅させるための適応だ、という説(ロバート・アードレイ, 1978)は、一応説得力がある 性のシンボルである瞳や、唇や、乳房を覆い隠すための毛は、メスには無用になったというわけである
限られた場所に残された毛の房は、重要な性臭のたまり場でもある 多毛の動物の汗腺は、ほとんどがこのアポクリン腺
もう一つの汗腺はエクリン腺であるが、アポクリン腺の方は大きく、細胞の一部が剥脱して汗にまじるので、成分は複雑で臭気もあり性ホルモンとも関係がある ヒトでは、アポクリン腺が腋窩、乳首、陰部、下腹部に毛とともに残った
アポクリン腺は、メスにとっては特に重要
メスはオスよりも、アポクリン腺が75%も多いと言われている
一方、無毛になってむき出しになった皮膚の色も、性的信号発信の担い手となる
同期する性のリズム
一個体のメスザルが発情した時、それが他の個体に同期して、次々に発情していくという現象がまま見られる
情緒的な刺激が、生殖生理のレベルをゆさぶる
情緒があるのは、大脳化現象の証拠
西田利貞が観察したチンパンジーの群れでは、発情したチンパンジーのメスの性能力は高く、200回近い交尾のほとんどが、メスの誘いによってはじまっている メスの方が強すぎるので、普通二度目のメスの誘いに対しては、雄は知らんぷりしていることが多いらしい
メスは一頭のオスに何回かプロポーズし、ふられると、他のオスを相手にする
メスの尻の性皮が最大に腫れている期間は、だいたい5日から1週間ぐらい
腫脹期がすぎてしぼみはじめる頃、発情し始めた他のメスがいると、しぼんだ性皮が再び大きく腫れ上がって交尾をはじめる、という観察がある
したがって、一つの群れで、数多くのチンパンジーが同時に発情しているのを見かけることができる
複数の個体間で、発情のこのような同期化がしばしばおこると、発情期などというものは簡単に脱落せざるをえないだろう
ヒトの世界でも、ルームメイトの月経周期が同期化することがある
いわゆる「メンスがうつる」と表現されているこの現象も、類人猿の場合と同じものと考えられる
チンパンジーではエストロゲンという発情ホルモンが増量しなければ尻は腫れない 他のメスが発情したという信号は、おそらく嗅覚あるいは視覚を介して大脳の感覚野に送り出されるはず 大脳からの信号は大脳辺縁系に達し、視床下部、下垂体をへて性腺にいたり、消え始めたエストロゲンをふたたび増量させたのだと考えられるだろう
不妊症の婦人が、子ども欲しさのあまり月経も停止し、下腹部がふくれ、あまつさえ胎盤まで自覚する、いわゆる想像妊娠も複雑な心理的葛藤の産物 サルの世界ではチンパンジーに限らず、発情期の到来とともに、性のイニシアティブをとるのはまずメスと考えてよい
オスが性の季節性をつくるのはメスを介して
オスは他の群れ、あるいは他の個体の発情行動を臭いや音ではなく眼で見なければ発情しないが、メスはオスとは無関係に発情できるから(T・P・ゴードンら, 1973) ゴードンによると、オスはメスの発情は他の交尾のさまを、まず視覚で確かめて発情し、嗅覚、聴覚、スキンシップはその後の性行動において駆使される、ということになる
少なくともオスザルの発情の同期化に視覚が重要な役割を演じているということが大切
メスはオスを発情させるために、尻をますます赤くしなければならないだろう
サルの世界では、群れの分裂とか、リーダーの交代などの社会変動時に、メスの性行動が異常に昂進する傾向がある
ハヌマンラングールの場合、新リーダーのオスに子を殺されたのちメスが激しく発情する(杉山, 1980) 多彩な月経周期相をもつ群れのメスが、ほとんどいっせいに発情するのだから、こういったときの発情は明らかにホルモンレベルを逸脱している
社会的ストレスが情動脳を刺激し、発情させるのであって、人間並の、高次のレベルでの性リズムの同期化とみることができる
7. お産と哺育
サルのお産ヒトのお産
サルに比べると、ヒトのお産は難産だといわれる
二本足で直立したための宿命だとも言われる
木の上でも斜面ででも、まっすぐ後方に産む
子宮収縮にあわせて手を水平にあげ、半坐位で体を上下に動かす
手を交互に出口部にもってゆき、進行状態をチェックする
アカンボウの首筋をつかんでひっぱりだし、自分の胸もとへもってゆき、身体中をくまなくなめまわす
新生児を抱いたままで、一方の手で胎盤を引っ張り出す サルのお産時間は普通に一時間足らず
まわりにいるサルは、出産現象にはまったく無関心でそっぽを向いている
初産で12-15時間、経産で5-7時間かかる
直立したために、まっすぐだった産道が曲がり、胎児は前方へ排出されなければならないため、産道を回旋しながら下降する必要が生じ、その分だけ分娩時間が延長した
二本足で立ち上がった場合、直立姿勢の直接的な影響を受けるのは下肢
類人猿でも軀幹と頭部の重心線が一致しないため、臀部が後退し、ひざは曲がっている 四足歩行のサルにとっては、骨盤は、下肢の基部としての役割と、産道を包含するくらいの意味しかない お産の第三革命
現代のお産において、産婦は産むためではなく、産ませてもらうために分娩台に登る
昔のお産は自分で産むものだったと証言する老婆が多い
月山のふもとの過疎地大井沢部落をたずねて、92歳の老婆に聞いてみた
正座の格好で足を開き、尻は上げぎみ。うしろから近所のばあさまがはがいじめにしてくれて、夫が前に向かいあって、手をひっぱってくれる。うん、とうなったら「オボコ(アカンボウ)」が出る。オボコとエナ(胎盤)のちょうど真中を裁縫ばさみで夫がちょんぎる。
二つのいにしえのお産の風景に似ている
https://gyazo.com/11238a79da886436781bb775732f9ee9https://gyazo.com/1f3839544e401751ea584ebbab3913b3
産婆の扱うお産から、産婦人科医、助産府、麻酔医のトリオで行われる第二次お産革命の最大の目的は、妊娠、お産の「安全管理」にあった そのために男性医師を主役とするお産トリオは、あらゆる方法を駆使して自然のお産を人工的なお産に変革してきた
母親や胎児の死亡は激減し、その脂肪率は世界的レベルにまで低下した
多くの若い夫婦が必ずしも諸手を挙げて歓迎していない
産む側が「生きがい」と同じ「産みがい」を求め始めた
「出してもらうお産」から「夫婦協力して産むお産」への大三次革命
乳腺と哺乳
哺乳類の出現は今からおよそ1億8000万年前と考えられている
最初の原始哺乳動物は北米で化石が発掘された
夜行性、樹性、食虫性のネズミくらいの小動物メラノドンだといわれている もちろん現在のような乳房はなかったに違いない
その生きた化石が、オーストラリア大陸の、ことにタスマニア島あたりに棲息しているカモノハシ カモノハシには嘴と水かきがあり、尾が大きく、毛が生えている 産むのは卵で、その卵から子どもが出てきて、親の乳を飲む
カモノハシの乳は、腹部の皮膚か滲出してきて、濡れた状態
子どもはそれを嘴でなめる
このような哺乳類の遠い祖先に生じた哺乳能力は、子供と親の長期の共同生活を可能にした
ここに哺乳期間、育児期間、そして出産間隔延長の萌芽がみえる
下等哺乳類ほど乳腺の数も多く、一乳腺につき一乳頭の割合
高等になるにつれ、個々の乳腺が集まって、導管が貫通したコンパクトな形となり、複数の孔が乳頭に向かって開いている
産仔数が多いと当然乳頭数も多くなるが、普通乳頭の数を二で割ったものが出産仔数とされている
家畜生理学者の西中川駿によると、哺乳類の乳頭は、胸、腹、鼠径部にわたって分布するが、乳頭が胸部にだけある動物は、ヒトを含めた霊長類以外では、コウモリやゾウだという サルやヒトは手で子を保持するが、コウモリでは翼、ゾウでは鼻が手の代わりをするらしい
ヒトの子どもにとっては母乳があらゆる意味で最高であることはいうまでもない
母乳はヒトのタンパク質であり、消化・吸収の点からも、はるかに自然なのは自明の理
また母乳には、母親がそれまでに自分の体内でつkるいあげてきた、色々な病気に対する抗体が含まれている 妊娠中、構造と機能の面で完成した乳腺は、分娩と同時に、盛んな乳汁合成活動を開始し、泌乳期に入る
ヒトの場合、分娩と同時に泌乳がはじまるが、最初の2, 3日は、新生児の体重を維持するのに足る量が分泌されるわけではない
乳汁分泌系の準備が未完成だから
初乳のなかには、たまっていた胎便を除去する物質が含まれている そればかりか、乳児の下痢止めにもなる
多くの病気に対する免疫を新生児に与える優れた働きをもっている このように母乳哺育は、新生児にとって、免疫学的にも、神経学的にも、心理学的にも、また臓器に対しても、関連しあう多くの利点を生み出す
7500万年の哺乳類の進化の結果として、そして数百万年にわたる人類の進化を通じて発達してきた母乳哺育は、不安定な状態で生まれてくるヒトの新生児を発育させるための最上の方法というべき 哺育と母性・父性
子どもを世話する雌の行動のこと
雄が示すそのような行動
出生直後の新生児に対する重要な母性行動は哺育
哺育は哺乳だけを意味するのではなく、接触も不可欠の要素として考慮に入れなければならない 生物的存在としての母親は、哺乳を行うが、社会的単位としての母親は、五感を媒介として、刺激を与える
母親はとくにそうだが、父親も、人間の脳の生長のほとんどが、生後一年間に完成されることを肝に銘じておくべきである
幼児の生体は、生長と発達のため、外界からの刺激に大きく依存している
とくに幼児の神経系の初期発達は、幼児がうける皮膚刺激の種類に大きく左右される 発達のために、皮膚は人間の幼児の最初の感覚器官であり、これに視覚、聴覚が援用される 哺乳類の場合、出生直後の新生児に対する皮膚刺激は、なめる行動
もっとも頻繁に母親がなめるのは、生殖器や会陰部や肛門
その行為は単に清潔にするという域を超えている
こういった刺激によって、新生児の排便や排尿の機能が円滑化する 実際に哺乳動物は、出生直後に母親との接触関係を断たれると、泌尿・生殖機能が不全に陥ることが知られている
哺乳類の中で新生児をなめていないのは、大型霊長類だけ ゴリラも人間も、分娩時間が延長し、出生前皮膚刺激が産道内で行われるので、舐める必要がなくなったのであろう このようにここちよい接触は、新生児に対する基本的な情緒や様々な愛のための要因 皮膚接触を協調するあまり哺乳が影の薄いものに聞こえるかもしれないが、そうではない
母乳をともなう哺育は、かけがえのない皮膚刺激
哺乳瓶やスプーンによる哺育では、愛や情緒を感受させることは困難
母性愛という言葉がある
もちろん実母だけが持ち合わせているものではない
子を産むだけでは生まれないものらしい
生後母親から社会的に隔離された雌ザルが、生長して子を産んでも、哺育を知らないのと同じ原理
母性愛は、自分が育つ社会のなかで、あるいは子どもを通して学び取るもの
母親は数億年前から存在し、父親は家族の発生とともに、人類によって社会的につくられた存在
また、家族は経済的単位であり、性関係の単位であり、育児の単位である
経済単位という意味の中には、雄と雌の経済的分業が含まれている
家族の成因の一つとして、この経済的分業は高く評価されているのだが、人類の社会では、経済的な事情は変わってゆくし、新しい文化・制度を自由に作るにしたがって、家族形態も変わってゆくに違いないので、家族には性関係と育児が基本的な単位で、経済的分業を二次的な単位と見る説もある
たとえば、経済的にゆとりができて、夫と妻がそれぞれ経済的に独立する事態が到来したとする
夫婦として性関係は続くのだが、育児は第三者まかせとなる危惧もあり、家族を成立させている要因は性関係だけ、ということになる可能性がある
父親は人間が作ったのだから、進化的にみると、サル類には父親はいないことになる 父親の役をするサルと、その対象となる子ザルとの血縁関係は、知るよしもなく、また調べても不明であるが、父性的な行動がみられないことはない
類人猿に比べると、サルの父性行動は一時的なものが多い ゴリラの雄は新生児の守りをして、授乳時だけ母親のところへ連れてゆく
ニホンザルの父親による子どもの世話は、多分に文化的現象であって、どの群れにもみられるといったものではない 子ザルを背負っていると、リーダーの勢力圏へも自由に出入りできるので、子守り現象は、順位が高いサルからの攻撃をかわす緩衝作用をはたしている 子守りをするこの雄は、絶対に他の雄からの攻撃を受けることはない
このオスは驚いたことに、群れのなかの雌との性交渉を、完全に抑制することができる
たまに雄が子どもを脅かしたりすると、たちまち母ザルや他のおとなの雌たちに追い払われてしまう
類人猿の場合は、k所共の世話や、授乳、保護といった育児行動は、もっぱら雌
雄の役割といえば、雌とその子どもたちが危険にさらされたときにだけ、彼らを守るように行動するだけ
こういった高等哺乳類では、妊娠期間、授乳期、そして子どもの教育期間が長いために、雌と子どもは、彼らに関心を注いでいる強い保護者が必要
これは男性に、妊娠した女性の世話をするようにしむける反応のことだが、この傾向は出産後も弱まらず、逆に強化され、家族全体を守るところまで発展する
男が妻の分娩の苦痛を分担するという一見ばかげたように思える観念でさえ、人間ならではの父性行動の原型を示すものといえよう
動物の子どもは成熟すると先天的な傾向にしたがって親元(母親)を離れる
しかし人間の場合、親と子の関係は永続的
何にもまして、育児を含む教育の必要性から、子どもが成熟した後も家族と結びついている
私たちの社会での父親は、幼い子どもの生活の中では、きわめて小さい存在でしかない
貧乏人の父親は哺育も母親にまかせきりだし、金持ちの父親は育児室へ入ろうともしない
むしろ未開社会の父子関係のほうが、より純粋な社会的関係
マリノウスキーのみたメラネシア人の父親は、子どもを自分の腕に引き受け、遠出の旅の途中で母親が疲れると、父親は赤ん坊を運ぶし、家にいるときも育児の手助けをする 父親はアカンボウの排泄の世話もする
チンパンジーの場合は、これに似た育児や学習ですら母親の役目である 食物の味を知らせるための分配行動もそう
チンパンジーの子どもは二歳をすぎるとぎこちないが独り歩きできるようになる
ひとりで歩けるようにしむけるのも母親の役目
置き去りにするとか、背中の子どもをゆすりおとすとか、腰を落として子どもを滑り落させるなど
便をチェックし、身体中に皮膚接触して毛づくろいをし、清潔にするのももちろん母親の役目
子どもは母親のやることを見覚え、学習しながら教育される
母親がとくに禁止の行為をするのは、食物に関してぐらい
集団の食物レパートリーに入っていないものを口にしようものなら、母親はそれを奪い取ったり、アカンボウののどを叩くといった仕草をする
昼寝や休みの合間に、母親はアカンボウとよく遊んでやる
3歳ぐらいで乳をやるのを拒否し始める
子どもは欲求不満になるが、母親は抱きしめたり毛づくろいをしたり遊んでやったりしてなだめる
このように父親のような役割をチンパンジーの母親は負わされているから、何かの自己で母親が死ぬと、子どもは普通死の転帰をたどるしかない
こうしたチンパンジーの母と子の密な関係も、子どもが10歳になるころから急速に弱まっていく
若い雄は雄たちの集まりに接近し、雌は生まれ育った集団を離れていく
母親は、アカンボウを産むとすぐ父親に渡す
父親は左右の足に一匹ずつアカンボウをつけて運ぶ
一定の時間おきに乳を飲ませるために母親のところへアカンボウをつれていくのも、乳離れさせるのも父親の役目
このサルの父性行動は生物的な本能行動とみてよいだろう
第二次大戦以後、アメリカでは父親の不在が子どもの性格の発達に与える影響について、おびただしい研究が行われた
父親の不在によって、男の子の女性的志向、たとえば攻撃的な遊びの減少や、女性的な空想活動の増幅が起こるらしい
父親に対するアイデンティフィケーションが少なく、未成熟なため、性差認識が妨害された、というべきであろう
逆に言うと、子どもに性差を確認させるために、父親は大きい役割を担っているといえる
人間の脳の容積は3歳までに960ccに達し、成人の実に80%以上の脳が、この年齢までに作られることを思えば、3歳までの父親の不在は、大きな問題をはらむことになる
しかしながら、母子関係の研究に比較して子どもに対する父親の意味は、まだその多くが疑問や仮説のままで埋もれている